エッセイ(新聞連載、雑誌連載)

「女子meets」毎月第2金曜日掲載 中沖いくこのピアノは歌う

Duo Bitte

2013年5月より、北日本新聞にて、エッセイを執筆しています。

  • 第1回 バッハが眠るそばで     (2013年5月10日朝刊17面)
  • 第2回 ブラームス 恋する音楽   (2013年6月14日朝刊17面)
  • 第3回 大合唱 ロックフェスみたいに(2013年7月12日朝刊17面)
  • 第4回 緊張と自意識        (2013年8月9日朝刊17面)
第5回 楽器は生きている      (2013年9月13日朝刊12面)

ピアニストは、ピアノに育てられる。人生でどんなピアノに出会うかは、人との出会いと同様に重要である。
世の中に同じ楽器は一つとしてない。全てに個性があり、奏でられる音色はそれぞれ異なる。電子ピアノでは味わえない醍醐味だ。
ことしの初めに、わが家に中古のグランドピアノが来た。誰にも弾いてもらえないまま20年ほど放置してあったもの。もともとパワフルでよく鳴る、素晴らしい素質の楽器だったため、いきなり環境が変わって私がバンバン弾くようになると、「ヨッシャ」とばかりに遠慮のないド派手な音を出す。
もうちょっとお上品になってくださいと、湿度に気を使い、調律師さんに何度も調整してもらい…。まるで手のかかる頑固なペットだ。
でも、その頑固な個性から、学ぶ事が多い。どんなタッチで弾けば自分好みの音になるのか、飼いならすように弾き込むうちに、逆に私の方が新発見をする。指や腕に質の良い筋肉もつく。
気がつくと、この偏屈親父のようなピアノを大好きになってきている。きっと楽器の方も同じだろう。最初に来た時より、ずいぶん柔軟になってくれている気がする。
片や、各地のホールには、魔物のようなすごいピアノがあることが多い。ちょっと触るだけで音の魅力に惹きこまれ、音楽のアイディアがどんどん湧いてくる。
夢中になっているうちに、あっという間に5,6時間が過ぎている。豊潤な響きと、音の伸び。このピアノで毎日練習出来たら上手くなるのに、といつも思う。
ピアニストは、場所によって毎回違う楽器で弾かなくてはならないから、出会ったピアノと友達になれるかは運次第。信頼できる調律師さんがいれば、たいていはその場で出来る限り、仲を取りもってくれる。
「世の中に、悪いピアノなんて存在しない。いるのは悪いピアニストだけだ。」と肝に銘じている。
弘法筆を選ばず。どんなピアノでも生かせる演奏家になりたい。

  • 第6回 いろいろなピアニスト    (2013年10月11日朝刊14面)
  • 第7回 人生変えたコンサート    (2013年11月8日朝刊17面)
第8回 音楽は言葉よりも      (2013年12月13日朝刊17面)

音楽は言葉を超えたコミュニケーションと言われる。言語化できない「感性」のようなものをやり取りする場。それが音楽だ。
先日、NHK交響楽団コンサートマスターである篠崎史紀さん、通称マロさんと二人で演奏した。マロさんは日本のトップヴァイオリニストである。こんな大物を相手に、さぞかし緊張するだろうと思っていたが、とんでもない。とっても楽しかった。
舞台上で何が起こっていたか。音の会話である。「お、なかなかやるな」「いいタイミングでしょ」「じゃあこれはどうだ」「素敵!だったら私も」―。一瞬の間にテレパシーのようにコミュニケーションし、曲の終わりまで積み重ねる。弾けば弾くほど面白く、お客様にも伝わったように思う。
マロさんの演奏は柔軟でどんなに遊んでも音楽の基本が揺るがない。こちらも安心して乗っかりつつ、リハーサルとは違うニュアンスの演奏を仕掛けてみれば、お約束のように倍返しを受ける。私は弾きながら、うれしくてニヤニヤしてしまった。
不思議なことに演奏中はお互いが何をしたいのか、よく分かった。思い上がりかもしれないが、2人の感性が共鳴していた気がする。マロさんは若輩者の私に引け目を感じさせず、逆に引き立ててくださった。懐の深さに感服である。
一対一のアンサンブルは最も自由度が高い。目で相手を見るのではなく、次の音へ移る前の一瞬の音色の変化をキャッチして反応するのがアンサンブルの極意だ。相手が言いたいことに耳を澄ませてちゃんと聴けば、うまくいく。人間関係と同じだ。
舞台の外でも、大事な人たちと良い「アンサンブル」をしたいものだが、言葉は時に思うようには伝わらない。この原稿も四苦八苦しながら書いている。私は音でのコミュニケーションの方が楽かもしれないなあ。

  • 第9回 真っすぐな芯を        (2014年1月10日朝刊17面)
  • 第10回 ゴーストライター騒動    (2014年2月14日朝刊17面)
  • 第11回 震災と「雫」の3年      (2014年3月14日朝刊21面)
  • 第12回 目標は高みに…       (2014年4月11日朝刊19面)
  • 第13回 たくましき若き日々     (2014年5月9日朝刊17面)
  • 第14回 悩ましい選曲        (2014年6月13日朝刊12面)
  • 第15回 音楽家への道        (2014年7月11日朝刊22面)
  • 第16回 演奏家のこだわり      (2014年8月8日朝刊17面)
  • 第17回 モーツァルトの音楽     (2014年9月12日朝刊19面)
  • 第18回 室内楽とピアニスト     (2014年10月10日朝刊21面)
第19回 ライバルとの再会      (2014年11月14日朝刊19面)

クラシックピアノの世界は、壮絶な競争社会だ。コンクールには幼い頃から出場する。良い賞をもらうために、本人はもちろん、先生や保護者も必死だ。
私も、小学校3年生の頃からコンクールに出ていた。先生の丁寧なご指導のおかげで、割と良い成績を毎年いただけた。
当時、自分よりも上手な子が同じ学年に1人いた。勝手に彼女をライバル視していたけれど、いつも彼女にだけは勝てなかった。中学か高校に上がると、いつの間にか彼女の名前を富山で見なくなった。アメリカに行ったといううわさについて半信半疑のまま、その名前だけは忘れられずにいた。
彼女と再会したのは、26歳になる夏、イタリアの国際コンクールに参加した時だ。出場者名簿にローマ字で彼女の名前があった。アメリカからの参加。「やっぱり、うわさは本当だった!今もピアノを弾いているんだ!」まさかイタリアで会うとは思わず、興奮し、大勢の参加者の中から彼女を探し出して声を掛けた。
彼女は、覚えてくれていた。すっかりアメリカナイズされていて「日本語よりも英語で話すほうが楽なの。日本語は難しい。」と言っていた。
昔、富山で戦っていた2人が、いまや世界を舞台にしていると思うと、とワクワクした。そして、彼女とずっと音楽でつながっていたのがとてもうれしかった。コンクールでは2人とも、残念ながら賞を逃した。彼女とは、その時以来会っていないが、自分と同じように、今もピアノと向き合い続けているのだろうと思うと、不思議と元気になる。
競争社会にいると苦しいものだ。人のあら探しばかりしてしまう。音楽は本来、そうあるべきではない。今、たくさんの素敵な共演者との交流がある。かつて負けたくないなぁと思っていた人が良き仲間になっているから人生は楽しい。長く続けていれば、いいことはいっぱいある。人を蹴落とすのではなく、切磋琢磨して皆で伸びていきたい。

  • 第20回 初心者へのクラシック    (2014年12月12日朝刊17面)
  • 第21回 ベートーベンとリア王    (2015年1月9日朝刊17面)
  • 第22回 愛の音楽          (2015年2月13日朝刊17面)
  • 第23回 学業との両立        (2015年3月13日朝刊21面)
第24回 「変化」の季節       (2015年4月10日朝刊17面)

「春」を描いたピアノ曲は、「つぼみがフワッと花開くように、柔らかな和音を使うことが多い」と、先日あるピアニストが言っていた。私が留学していたドイツの春は、日本のそれよりも幾分さりげなく始まる。季節が巡り、風の匂いが変わり、町が少しずつ明るく色づいてゆくのを幸福な気持ちで静かにゆっくり味わうのがドイツ人だ。
日本は、年度の切り替えがあるおかげで、なんだか慌しい。木々や花と一緒に、人間まで新しく変わることを強いられているかのようだ。
それでも「変化」は楽しい。「新しいこと」は、人を浮き立たせる。
ピアニストは、たった一人でピアノを弾いているだけで、毎日、自分の「変化」を感じることが出来る仕事だ。成長したと思うこともあれば、下手になったなぁと思うこともある。
楽譜から「新しいこと」を発見する瞬間はいつも感動的だ。以前弾いたことのある曲なのに、まるで違う風景が脳裏に浮かんだり、意外にわかりやすい曲に思えたり、逆に難しさを再認識したり。年を重ねるたびに春の感じ方が違ってくるのと同様に、音楽の捉え方も年とともに変化する。それは知識と経験の積み重ねのおかげであり、気力体力の違いでもある。
同じ楽譜なのに二度と同じには演奏できない。音楽は、鏡のように自分自身の今を映し出す。
年齢にふさわしい演奏というのもある。思い切りが良く、怖いもの知らずの若々しい演奏は、未熟な部分があっても魅力的だし、迷いながら、もがいている演奏も、人として深まっていく過程を見ているようでとても素敵だ。
自分の今の演奏はどうだろう、と長い目で音楽人生を俯瞰してみる。ここ数年、膨大な数の楽譜を抱えて突っ走ってきた。置き去りにしたこともたくさんある。ここらで少し、ゆったりと自分の「今」を見つめるのもいいかもしれない。「急がなくてもいいじゃないか」。そう思うようになったのも、私自身の「変化」だろうか。

  • 第25回 音楽が運ぶ「幸せ」     (2015年5月8日朝刊25面)
  • 第26回 音楽家の練習        (2015年6月12日朝刊19面)


「ドイツピアノ留学記」

リットーミュージック創刊「PIANO STYLE」(2002年発行~2012年12月号より休刊)にて、短期連載しました。

  • 第1回 ベルリンのコンサート事情    (PIANO STYLE vol.9 2005年7月17日発行」
  • 第2回 ベルリンのピアノ、住宅事情   (PIANO STYLE vol.10 2005年10月21日発行)
  • 第3回 ドイツの音楽学校の様子     (PIANO STYLE vol.11 2005年12月18日発行)
  • 第4回 内田光子さんの演奏を聴いて   (PIANO STYLE vol.12 2006年2月18日発行)
  • 最終回 ドイツでのレッスンで学んだこと (PIANO STYLE vol.13 2006年4月18日発行)




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CDリリース情報

Tropfen 2015年7月4日リリース。誰も知らない曲を知る快感―。FM放送から生まれた、マニアも唸るピアノ小品集。あなただけの特別な一曲が見つかります。


エッセイ

2013年5月より、北日本新聞朝刊「女子meets」のページにて、毎月第2金曜にエッセイ「中沖いくこのピアノは歌う」を書かせていただいています。 2015~16年には、リットーミュージック発行音楽雑誌「PIANO STYLE」に「ドイツピアノ留学記」も執筆しました。


作曲作品

ミュージカルの曲を三作分、書きました。
その他CM用のBGMや、企業様のプロモーションビデオのために作曲したものをご紹介します。


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